生徒達が実しやかに流れる噂が事実であると知ったのは、噂が流れ始めた一週間後の事だった。学校一有名な恋人同士だった生徒会長のとサッカー部元主将の吉田光輝が、一年以上の付き合いを経て別れた。の白く長い手に毎日はめられていたペアリングはスッカリ姿を消し、吉田から貰ったものだと思われるストラップやネックレス、その他諸々全てが無くなっていった。けれどは別段悲しそうな顔も見せなかったし、噂が流れ始めても普段通りだった。一方吉田と言えば、あからさまにを避け、常に苛々しているように思えた。
 誰も知らないと思われていた原因だったけれど、仁王はそれが何なのか悟っていた。原因は、と仁王が二人で帰宅した事から始まる。
 その日生徒会の仕事で遅くまで一人仕事をしていたは、下校する際偶然部活を終えた仁王と出くわした。そして最近は不審者が良く出没するからと、クラスメイトのよしみでを送ってくれたのだ。その現場を見ていたのか、次の日は責め立てられ別れに繋がったのである。
 (彼氏持ちは失敗だったのう)
 授業中、隣で自習用のプリントを解いている彼女の横顔を眺めながら、仁王は小さくため息を零した。彼女の薬指に、光り輝いていたシルバーリングはもうない。ブレザーからはみ出た携帯のストラップにも、彼とペアで買ったらしいストラップはつけられていなかった。
 無論、仲を壊すつもりはさらさら無かった。ただ単に、クラスメイトだし夜道が危険だからと言うたったそれだけの理由で行動を起こしたのだから。は噂が流れ始めてからも、普通に仁王に話し掛けてくる。一方的に責められて別れを告げられたのに、何故弁解しなかったのだろうか。悲しくないのだろうか。そんな疑問が頭を巡る。あまりにもじっと見つめていたのか、は不意に仁王の方を向くと、苦笑して首を傾げた。

 「どうかした?」
 「お前さん、なんで弁解しなかった?」
 「する必要が無かったからだよ」
 「なして?」
 「あの人ってね、振られると執拗に追い掛け回すタイプなのよ」

 彼女は持っていたシャープペンを置き、頬杖を突く。仁王が眉を寄せると、そのまま続けた。

 「別れる為には、振られる必要があった。帰ってる途中、あの人が駅に居たの気付いてたの」

 まるで謎解きの様に、彼女はニヒルに笑う。仁王は暫くを見つめていたが、不意に目を逸らすと微かながらに苦笑を浮かべた。

 「策士やのう」

 彼女は、仁王と下校する云々の前に別れたがっていたのだ。もう既に冷めていた。けれど、から別れを切り出せばプライドが傷つき断られるのは目に見えている。一年も付き合っていれば、吉田の性格は充分把握出来た。だからこそ、吉田自身に嫌われ振られる必要があった。それが成功し、結果は悲しくも何ともなく、吉田は終始苛々するようになった訳である。
 余りの欺き方に、仁王は苦笑するしかなかった。まさか彼女が、そこまでして吉田と別れたがっているとは思わなかったのだ。

 「そんなに別れたかったんか?」
 「あの人と付き合ってきた一年間、一度も本音なんて言えなかったし、好き放題されてたから」
 「どういう事じゃ」
 「付き合っていく中で性格の不一致って生じてくるじゃない? でも、小さな事だったらお互い言い合って直してく事も出来る。私からは言えないんだけどね」
 「向こうは言って来るんじゃろ? 何故言わん」
 「あの人の落ち込み具合って尋常じゃないの。下手すれば学校に来られなくなる位。どんな小さな事でもね」

 瞳を細め、は眉を顰める。不快感を露にした表情に、仁王は背筋がぞくりとした。今まで彼女のこんな表情を見た事が無かった。常に笑顔だったし、嫌な事があってもそれを顔に出すことは決してしなかったから、逆に驚いた。然しはすぐに笑顔に戻ったが、不意に申し訳なさそうな顔で仁王と目を合わせた。

 「私の所為でごめんね。当分あの人に睨まれちゃうと思うけど」
 「俺は平気じゃよ、そういう事慣れとるけえ」
 「でも、いい気はしないじゃない。ダシに使われたみたいで」
 「なら、俺が逆にさんをダシに使えばおあいこやの?」
 「まあ、そういう事になるけど……?」
 「来週、俺誕生日なんじゃけど。悪いようにはせんから、告白断る口実として使わせてもらうぜ」
 「どうやって?」
 「好きな人がおるってな。相手は勿論お前さん。どうせ吉田の事じゃから、俺らの事言いふらしとるじゃろ? じゃけえ、別れた原因が俺だって事になる。そこを上手く利用して、俺がお前さんを好いてるって言えば、必ず信じて貰える。事実、俺はお前さんと吉田を別れさせた訳やから、嘘だとは思われない」
 「凄いね。仁王君の告白ラッシュは大変だって聞いてるし、どうぞ」
 「ありがとさん。まあ、半分事実じゃけどな」
 「え?」
 「お前さん、気に入ったぜよ」

 初めて、自分から落としてみたいと思った相手。それが彼女だ。露骨に嫌な顔をして見せた彼女の、もっと色んな顔を見てみたいと思った。笑った顔が一番だとは思うけれど、自分の力で別の表情を引き出してみたい。

 「俺は過去なんて気にせんからな。とことん行かせて貰うぜ」

 彼女の驚いた顔を前に、仁王は唇を釣り上げた。








策士的彼女


(09/11/14  勝気に笑う彼が、酷くきれいにみえた)