太陽は姿を隠し、何時もは柔らかな日の光に覆われている月が存在を誇示する刻。ふと目を覚ましたは、何気無しに窓から空を見上げてみた。室内が暗い所為か、心成し明るく見える闇。ポッカリと穴が空いた様に存在を誇示している月の周りには、都会では殆ど見掛ける事の無くなった星が鏤められていた。吸い込まれる様に見つめていると、背後からシーツを絡め取られた。眉間に皺を寄せて振り向けば、恋人である仁王がシーツを片手に夢の中。が身体を起こした為に隙間が空いたのだろう、寝顔は少しだけ顰められている。それに溜息を吐きながら、ベッドサイドに揃えられたスリッパへと足を滑り込ませた。ひやりと冷たいフローリングの空気。背中に冷えた何かですっと撫ぜられる様な感覚を感じ、小さく身震いした。
 コーヒーを一杯。そんな気持ちでキッチンに向かうも、愛飲しているメーカーの豆が切らしているのをスッカリ忘れていた。カフェインが眠気を覚ます、等今はどうでも良かった。
仕方なく、仁王が飲むインスタントコーヒーのパックを開ける。紙が破ける様なその音は、静まり返ったキッチンに良く響いた。お湯が沸くまでの間、はじっと外の景色を眺めていた。の居るマンションから一歩外の道が国道で、数々のネオンが明るく照らしている。暗闇に慣れた瞳には、パチンコ屋の派手な装飾が痛い。深夜を回っているというのに、国道を走る車は絶えなかった。歩道を行き交う影もちらほらと伺える。
 もう少しで湯が沸くだろう、と言う時だった。すっかり景色に没頭していたの後ろから、先程まで耳元で聞いていた声が弾けた。

 「
 「起きたの?」

 寝惚け眼で、立っているのもやっと。そんな状態で、仁王は壁に寄り掛かっていた。キツい三白眼も、この時ばかりは緩み柔らかな印象を与えている。そんな彼を見て小さく笑うと、当の本人は不機嫌そうに目を細めるだけだ。
 しかし、珍しい。一度眠りに落ちたら朝が来るまで起きない、ましてや朝でも低血圧で起こすのに時間が掛かるというのに、まさか隣にが居ないだけで起きてくるとは。眠そうに欠伸を零す仁王に近付き、は緩く手を絡めた。寝起き特有の体温が、冷え切ったの手を優しく出迎える。漸く頭が冴えてきたのか、仁王は先程よりも幾分かハッキリした面持ちでを見下ろした。

 「真夜中に何やっとるん」
 「起きちゃっただけ。コーヒー淹れるんだけど、飲む?」
 「飲まない。火曜の受講、朝からじゃけえ」

 空いた右手で抱き寄せられ、は軽く身体を預けた。自分と同じシャンプーの匂いが鼻腔を擽る。人肌の温もりに、一度は冷めた筈の眠気が再度襲ってくるのが解った。抵抗する気は無い。彼の胸板に顔を埋め、同じく空いた左手を首の後ろへ回した。仁王の息遣いが耳元で囁くように聞こえる。
 穏やかなひと時は、沸騰した薬缶の控えめな湯気の音で遮られた。そっと身体を離し、キッチンでを待っていた薬缶の火を止める。コーヒーパックを隔ててマグカップ越しに茶色の液体が流れ込んでゆく。基本的に無糖のブラックを好んで飲む仁王とは違って、キッチンのサイドにある小さなポットから二粒の角砂糖を取り出し、コーヒーに沈めた。掻き混ぜれば、涼しげなからからとした音が響く。全て溶けた事を確認すると、熱を帯びたマグカップを持ちソファに腰を下ろした。
 仁王は又ベッドに戻ったらしく、先程居た場所には虚無が広がっているだけだった。時計が時を刻む音だけが響く静かなリビングで、そっとコーヒーを啜る。舌先に鋭い熱さが走り、思わず眉を寄せた。反射的にマグカップから口を離し、舌先を口内で転がす。痺れた感覚。ぴりぴりとした痛みは、当分の間持続しそうだ。ため息と共に、目の前にガラステーブルにマグカップを置いた。ソファの背凭れに重心を掛けると、そのまま大きく息を吐き出した。湯気を立てているコーヒーを眺め、何をするでもなくボーっとしていた。

 「未だ起きちょるんか」

 突如真後ろから声が聞こえ、はびくりと身体を震わせ目を開けた。どうやら転寝していたらしい。重い瞼を抉じ開けながら、後ろに居る彼の方へ振り向く。それと同時に二本の腕が伸びてきて、は薄く笑ってそれを受け止める。冷えた身体を暖めるように、仁王の体温を奪ってゆく。人肌の暖かさに身を委ねていると、不意に仁王はテーブルの方へ手を伸ばし放置されたままだったマグカップを手に取った。もう湯気は立っておらず、其れはそのまま仁王の口に運ばれる。のすぐ傍でコーヒーを啜った仁王は、舌で味を転がすと少しだけ眉を顰めた。

 「甘」
 「そりゃ砂糖入れてるからね」
 「良く飲めるのう」
 「だって苦いんだもの」

 仁王からマグカップを受け取り、も又口をつける。喉を通っていくぬるい感覚に、身体の中から暖まるのを感じた。

 「も受講朝からじゃろ」
 「うん」
 「じゃあ早く寝んしゃい。三時回ってるぜよ」

 コーヒーを三分の一程度残し、は立ち上がる。又も眠そうに欠伸を噛み殺している仁王と共にベッドに向かった。先程まで居た場所に身を滑り込ませれば、そこは当然の如く冷えていて、はぶるりと一回身震いした。そんな様子を見ていたのか、仁王はそっとを抱き寄せた。彼特有の高い体温に、は眠気が襲ってくるのを感じる。

 「でも珍しいね」
 「何が」
 「目覚めの悪い雅治が、この時間に起きてくるのがよ」
 「お前さんが悪い」
 「私?」
 「横におらんと眠れん」

 抱き寄せる腕に力を込めた仁王に驚くも、は緩む頬を隠す為に彼の胸に顔を埋めた。








月夜の悪戯


(09/11/23  こうしてお互いに依存していく)