『久しぶりにテニス部で集まるか』なんて企画を持ち出したのは、意外にも宍戸だった。大学生になって半年。高等部までストレートに持ち上がったテニス部のメンバーは、大学に入るなり一気に散っていった。 そのまま氷帝学園大学に上がった者は忍足と宍戸のみで、他は他大学か専門学校へ進学した。日吉や鳳、樺地はまだ高校三年として氷帝学園に通っているけれど、同じ学校である忍足達とは殆ど顔を合わせていない状態である。 跡部に至っては高校卒業と同時にイギリスへ渡り、跡部財閥を継ぐために経営学を学んでいるらしい。 そしてテニス部の紅一点。中等部時代に女子マネージャーを務めていたは、語学を学ぶために中学卒業の時点で渡米してしまった。この二人に関してはただ会うことすら難しく、今まで何度かテニス部のメンバーで遊びに行った時も欠席が続いている。 高等部ではマネージャーを取っていない上にメンバーはと酷く仲が良かったので、今回も例に漏れず呼びかけることになった。 全員の予定を合わせるのにはだいぶ手間が掛かり、漸く合った頃には十月も中旬を過ぎていた。 「宍戸の顔は見なれてんねん。跡部は半年、に関しては三年振りやで?」 「上手くやってると思うか? アイツ、英語クソ苦手だったじゃねーか」 某居酒屋。当然の如く年齢を誤魔化して酒に手を出しつつ、宍戸と忍足は残りのメンバーを待っていた。比較的アルコール度の少ないサワーを選びつつ、ジョッキで運ばれてきたそれを流し込みながら、宍戸は頬杖をついて忍足を見やった。 相変わらず変わらない伊達眼鏡の奥で、瞳がやんわりと細められる。 「今日聞けばええやん。……お、岳人とジローのお出ましや」 中学の頃は「ちびっこコンビ」と忍足にからかわれていた二人だが、今では二人とも170を超えた立派な男である。髪色は健在で、居酒屋の入り口に立つ二人にはすぐに気付くことが出来た。中学高校と向日とダブルスを組んでいた忍足は、こうして数ヶ月に一度しか会わない事に妙な違和感を覚える。 奥の座敷に座っていた二人の姿を見つけたのか、気だるそうな表情を浮かべていた芥川は、パッと花が咲いたように笑顔を浮かべ、こちらにやってきた。その際に走らなくなったのも、彼が大人になった証拠だろう。その後ろに向日も続く。 「忍足! 宍戸! 久しぶりだC!」 「おー、相変わらずだなお前ら。全員集まる前に飲んでっけど、適当に座れよ」 「よお侑士。足のキレイな彼女は見つかったかよ?」 「余計なお世話やアホ。今はまだ模索中や。色んな女に手ェ出しとるけどな」 ははっ、変わってねーじゃん。そう言って向日は歯を見せて笑うと、スニーカーを脱いで座敷へと上がった。そのまま忍足の横に腰を下ろすなり、偶々近くを通りかかった店員に手をあげて軽いつまみを注文する。数年前では考えられないような光景。 芥川は宍戸の隣に座ると、大きな欠伸を一つ零して携帯を開いた。彼よりも後に来る人間が居ると、芥川は電話をかけて早く来るよう催促するのだ。その癖は直っていない。 「もしもしあとべー? 今どこに居るんだC!」 「また始まったぜ、ジローの催促。ホント駅で会って良かったわ」 「出なきゃコールラッシュやもんなあ……俺らは経験してへんけど」 「あ、オイ。長太郎と日吉、樺地が来たぜ」 そうこうしている内に、高校生組も到着したらしい。三人とも年齢にそぐわない大人びた顔立ちをしている所為か、居酒屋に居てもまるで違和感が無かった。まっ先にこちらに気付いたのは勿論鳳で、久しぶりに会う宍戸に感動しているのか、心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。 その姿には耳と尻尾が見えなくもない。中学時代よりも更に大型犬になった彼は、ブンブンと尻尾を振りまわしながら座敷へ来た。そんな鳳を冷めた瞳で見ていた日吉が、後ろに控えている樺地と会話をしているのが見える。 「宍戸さん! お久しぶりです!!」 「長太郎、元気にやってたかよ。まあ座れよ、飲みモンはこっから選べ」 感極まって涙目になっている鳳に座るよう促し、飲み放題用のメニューを渡す。日吉はこの案が出された時から居酒屋に行く事を渋っていたけれど、今はもう完全に諦めているようで、樺地と一緒にもうひとつのメニューを眺めている。 忍足はそんな彼らをぐるりと一望した後、腕に巻いている時計に目を落として小さく呟いた。 「後来てへんのは、跡部と雅か。ジロー、跡部どこにおるって?」 「今駅前らしーよ。と一緒だって!」 「なら、もう来るなあ。ホンマ楽しみやわ」 跡部は有名であるが故に噂を耳にするけれど、は殆ど連絡を取っていない所為かどんな生活を送っているのかまるで想像出来ない。芥川はその後跡部と一言二言会話をすると、携帯電話を耳から離した。その瞳はいつになく覚醒していて、彼もまた楽しみにしている一人なのだろうと解る。 居酒屋は駅から徒歩五分程度の場所にあるので、跡部達が到着するのももうすぐだろう。それまで、各自離れていた分の隙間を埋めるように新生活の話を始める。 最初は日常の話だったのだけれど、そのうち宍戸は教育学部の女子から異様に好かれているだとか、忍足は医学部で「貴公子」と呼ばれているだとか、とんでもない話まで始まる。「貴公子」のくだりに関しては、その名前が出てきた直後に爆笑の渦が湧き起こった。六年間も一緒に居た彼らからすれば、忍足が「貴公子」だなんて天と地がひっくり返ってもあり得ないのである。 芥川は高校に入ってからぐんと背が伸び、服装も凝ったものを身につけることが多い所為か、制服では発揮されなかった魅力が最大限に生かされているらしい。少し前なら「可愛い」と言われていた彼も、今では「格好いい」としか言われなくなっている。 氷帝で育ってきた性と言うべきか、彼らの小さな自慢が終わると、居酒屋の入り口付近で小さな歓声が上がった。店員や入り口付近の席に座っている女性たちが見ている先は、見なくとも誰が居るのかはすぐに想像できる。 「待たせたな。ったく、東京は道が狭すぎんだ」 颯爽と歩いてきたのは跡部。何故かは知らないが、品の良いスーツに身を包んでいる。その横には、パーマの掛かった茶髪の前下がりボブが良く似合っている女性。こちらは綺麗なワンピースを着ており、跡部の横で柔らかく微笑んでいる。 斜めに分けられた前髪から覗く大きな瞳には少しばかり濃いメイクが施されていて、彼女のくっきりとした顔立ちを一層美しく引き立たせていた。 まるでどこぞのご令嬢のような雰囲気の彼女に、一番入り口側に近い席に座っていた鳳がぽかんと口を開ける。 「あ、跡部先輩、そちらの方は?」 「アーン? こいつか? ……おいジロー、お前言わなかったのかよ」 「えっ? 何を? カノジョ連れてくるなんて聞いてないC! 俺が聞いたのはといっしょ、だ、………って、え?」 シン、と静寂に包まれるのが解った。芥川は男にしては大きい瞳をギョッと見開いて、跡部の隣に立っている女性を指差した。その行動が指している意味を皆がすぐに悟り、茫然としていた顔が、一様に驚愕へと変わっていく。 そんな中、ただ一人笑いを堪えている者が居た。跡部だ。喉の奥を震わせてくつくつと笑っているその横で、女性は初めて表情を変えた。今までの大人びた微笑とは違い、悪戯っ子のようにしてやったりな笑みを浮かべる。 「三年振りだからって、私のこと忘れちゃったの?」 「えっ、ええええ?! 本当になの!!?」 「そうだよ。久し振りだね、ジローちゃん」 「……マジで? お前アメリカ……アメリカ、だよな?!」 「ちょっと待って宍戸。日本語が通じないわ」 テニス部のマネージャーをやっていた頃は、男所帯の中で少しでも女らしさを残そうとずっと髪を伸ばしていた。その頃の面影は全く残っていない。 宍戸の言葉にやわやわと眉をひそめながらも困ったように笑うの姿は、離れていた三年間を濃く反映している。 「……相変わらず足キレイやなあ……」 「ちょっと忍足、やめてよね。気持ち悪さは変わってないの?」 「な、何やその言い草! 俺も変わってんで!」 「岳人に比べればミジンコ位の変わり方よ。岳人もジローちゃんも、本当に背が伸びたね!」 「だろだろ! もうに見下ろされる事もないぜ!」 一番離れていた期間が長いは、彼らの成長に酷く驚いていた。今の年齢からすれば、中学生なんてまだまだ子供だったのだ。一番変化があるであろう高校生活を共にしなかったのだから、それも仕方のない事なのだけれど。 は向日や芥川、高校生組に囲まれながらアメリカでの生活を話している。その時、宍戸や忍足と会話をしていた跡部がに向かって呼び掛けた。 「、何にする?」 「んー……いつもので良いや。後は景吾が決めて」 「ったく、お前ここを何処だと思ってんだ。日本の居酒屋だぞ」 「だから言ってるの。似たような奴、って言うニュアンスを含んだんだけど?」 「解り辛えよバーカ」 目の前で交わされるやり取りに、本日二度目の沈黙が下りた。話を終えて芥川達の方へ向き直ったは、それに驚いて肩を竦める。 「何、どうしたの?」 「って、ずっとアメリカに居たんだよね……?」 「そうだよ。中学卒業した後、アメリカから出てないけど。それがどうかした?」 「じゃ、じゃあ何で跡部のこと下の名前で呼んだり、そんなに仲良いの……?」 それは誰しも思った疑問だった。中学の頃、は向日と芥川、鳳以外は全員苗字で呼んでいた筈だ。それに、跡部ともそこまで仲が良くなかった。勿論仲間内としては仲が良いのだけれど、プライベートで二人きりになるような雰囲気は持ち合わせていない。 しかし今の会話では、まるで今までの時間を共にしてきたような口ぶりである。全員の疑問を代表して言葉にした芥川に、はきょとんと首を傾げた。 「景吾、言ってないの?」 「何を……?」 「何を、って。私たち、一年前から付き合ってるんだけど」 今までの喧騒が嘘であるかのように、芥川達は一斉に口を閉じた。かと思えば、次の瞬間に溢れんばかりの声量で驚きの声が上げる。中でも特に驚いていたのは忍足だ。周りが騒いでいて聞こえないことを良いことに、小さく「雅ん事狙ってたんに……」と嘆いている。 それを目ざとく彼氏である跡部が聞いてしまったものだから、見せつけなのか跡部はフンと鼻を鳴らして更なる爆弾を落としてくれた。 「俺の女に手ェ出すなよ忍足。大学卒業したらすぐ婚約会見を開くから、見逃すんじゃねーぞ」 「ちょっ、そこまで?! そこまで行ってるん?!」 「ー! 聞いてないよそんなのー!! それじゃあもう膝枕してくんないの?!」 「じ、ジローちゃん落ち着いて。大丈夫、それ位景吾は許してくれると思うから……」 「アーン? 許可するわけねえだろ」 「クソクソ、跡部だけ彼女持ちかよ! 馴れ初め超聞きてー! 日吉もそう思うだろ!?」 「……何で俺に話を振るんですか」 「馴れ初めって……景吾、イギリスの食事が口に合わないって、すぐにアメリカに来たのよ。偶々私と同じ大学でね。学部は違うけど、中学の頃の縁もあって再度仲良くなったってわけ。私たち、結構好みとかも似てるしね」 「告白はどっちからなんだよ」 「景吾からよ。あの人ったら、告白って言うよりもプロポーズなんだもの」 「あ、じゃあやっぱりそれ婚約指輪なんですね。ティファニーですよね? ソレ」 「婚約指輪?! ティファニー?! そ、それってあれだよな……超有名なブランドだよな? 俺でも知ってるぜ、長太郎」 「まあ、ね。でも大学卒業してからよ。日本と違って、大学は単位とれた人から卒業出来るし、四年は掛からないけどね」 鳳の言葉に、は珍しく照れたように頬を染める。その左手には、銀色に輝く綺麗な指輪がはまっていた。その中心には氷帝カラーであるブルーの宝石。跡部が用意したものなのだから、その宝石は恐らくサファイアだったりするのだろう。 絶望的な顔をする忍足を余所に、跡部は変わらないニヒルな笑みを浮かべて見せた。いつの間に注文していたのだろうか、濃い紫色の液体が入ったワイングラスを手に取ると、そのまま顔の位置まで掲げる。 「今日がちょうど一年記念日だ。俺とを祝福してもらうぜ。久し振りに全員集まったんだ、ハメ外そうじゃねーか」 「うん、乾杯しよ乾杯! ほらも! ちょっと忍足、そんな所でのの字書くなC!」 「まあ、俺達からすりゃ祝うべき事だよな。お前ら全員飲みモン持ったか?」 誰よりも早く気を取り直した芥川の言葉に、宍戸が我に返って近くのジョッキを手に取る。それに倣うように周りも各自自分のコップを手に取ると、それを中央に向けて天高く掲げた。 「俺らの変わらない友情と、こいつらの一年記念に乾杯!」 「カンパーイ!!」 テンションが最高潮に達した芥川と、それにつられて盛り上がる向日。毎回集まる際には幹事になることが多い宍戸は、次々と運ばれてくる料理を取り分けるため席を移動し始める。今だに重い空気を引きずっている忍足を慰める樺地や、恐る恐る酒に口をつけながらも楽しそうな鳳と日吉。 三年ぶりに会った彼らだけれど、根本的な部分は何も変わってはいない。そんな光景を眺めていると、視界の隅で跡部が立ち上がった。彼は盛り上がっている場から離れての横に座ると、手にしているワイングラスをのコップと合わせる。カチン、と音が鳴ると同時に、普段良く見せる勝気な笑みを浮かべた。 「乾杯。一生離す気はねえから、お前も俺様についてこいよ」 その言葉に、は何も言わず笑みを深めた。 仲間と友とエトセトラ 100530 雅 |